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東京地方裁判所 昭和36年(行)111号 判決 1968年11月28日

原告

青木貞子

外一二名

右代理人

佐伯静治

外二名

被告

調布市

右代表者

本多嘉一郎

右代理人

吉井規矩雄

外六名

主文

被告は原告らに対し別紙債権第二目録記載の金員の支払をせよ。

原告松井星子のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本案前の抗弁について

原告らは本訴において主張する請求権の義務者は被告であると主張して本訴請求をしているのであるから、被告が本訴について被告適格を有することは極めて明白である。

よつて、被告の本案前の抗弁は理由がない。

なお、被告の被告適格を争う主張は、いずれも実体上被告が原告ら主張の債務を負担していない旨の本案の答弁であるから、この点に関する被告の主張の当否は本案についての判断において明らかにする。

第二本案について

一、原告らがいずれも昭和三五年四月一日から昭和三六年三月末日まで調布市立第三中学校に勤務し、市町村立学校職員給与負担法第一条で規定する給与の支払をうけていたこと、その間における原告らの本俸と暫定手当が別表記載のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、被告は、原告らの如き公立学校の教員はそもそも時間外勤務手当請求権を有しないし、仮に有するとしても、その義務は都道府県であると主張するので、先づ教員の時間外勤務手当請求権をめぐる諸法の立法経緯を明らかにし、これを前提として教員の時間外勤務手当請求権の存否およびその義務者につき検討することとする。

現行市町村立学校職員給与負担法(昭和四二年法律第一二一号による改正のもの)によれば、市町村立小・中学校教諭の給料その他の諸手当等は都道府県が負担するものとされ、同法第一条には右諸手当として扶養手当他一二種の手当が列挙されているにも拘らず、教員についての時間外勤務手当はここに掲記されていない。そもそも市町村立小学校教員の給与は古くはすべて当該学校の設立者である市町村が負担するものとされていたところ、昭和一五年勅令第一一四号「市町村立小学校ノ教員ノ俸給及旅費ノ負担ニ関スル件」によりその俸給と赴任旅費が当時の道府県の負担とされて以来逐次都道府県の負担すべき費目が追加され現行の内容となるに至つたのであるが、これら一連の改正のうちに昭和三二年法律第一四七号で右項目に「時間外勤務手当(事務職員に係るものとする。)」が追加される迄、同法並びにその前身ともいうべき前記勅令第一一四号、昭和二三年政令第二八号はこの時間外勤務手当について全く触れていなかつた。

一方、昭和二二年に労働基準法が公布施行されたが、同法には使用者が労働者を一日八時間を超えて勤務させたときは所定の割増賃金を支払うべきことが定められているところ、同法の施行に伴い公布された政府職員の給与についての応急措置法(昭和二二年法律第一六七号)により当時国の官吏の地位にあつた小学校教員についても労働基準法第三七条による前記割増賃金を支給することになつた。その後市町村立小中学校の教諭は教育公務員特例法(昭和二四年一月一二日法律第一号(第三条により地方公務員の身分を有することとなり、同法施行令(昭和二四年政令第六号)第一一条により、その給与については、原則として国立学校の教育公務員の給与の例によるものとされた(従つて昭和二二年法律第一六七号労働基準法等の施行に伴う政府職員に係る給与の応急措置に関する法律の例により時間外勤務手当が支給され、なお昭和二四年一月一日以降は政府職員の新給与実施に関する法律(昭和二三年法律第四六号、但し同年法律第二六五号による改正のもの)第二一条により、昭和二五年四月一日以降は一般職の給与に関する法律(昭和二五年四月三日法律第九五号)第一六条(ただし、この規定は昭和二六年一月一日施行の昭和二五年法律第二九九号により改正)の例により時間外勤務手当が支給されることとなる。)。

その後昭和二六年三月三一日法律第八六号により市町村立学校職員給与負担法の一部が改正され、その第四条に「第一条及び第二条に規定する職員の給料その他の給与については教育公務員特例法第二五条の四第一項の規定の適用を受けるものを除く外都道府県の条例で定める」旨の規定が追加され(右規定は昭和二六年度から適用)、更に昭和二六年六月一六日法律第二四一号教育公務員特例法の一部を改正する法律により、教育公務員特例法に第二五条の四、五が追加され、第二五条の四として「市町村立学校職員給与負担法第一条及び第二条に規定する職員の給与、勤務時間その他の勤務条件については地方公務員法第二四条第六項の規定により条例で定めるものとされている事項は都道府県の条例で定めるものとする。」と規定され、同第二五条の五として「公立学校の教育公務員の給与の種類及びその額は当分の間国立学校の教育公務員の給与の種類及びその類を基準として定めるものとする。」とされた(右第二五条の四、五は昭和二六年二月一三日から適用)。

なお、前記教育公務員特例法施行令第一一条は昭和二六年六月一六日政令第二一九号により削除となつた。

その間地方公務員法(昭和二五年一二月一二日法律第二六一号)の制定があつたが、同法第二四条第六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定める」ものとし、同法第二五条は右の給与に関する条例は「時間外勤務、夜間勤務及び休日勤務に対する給与に関する事項を規定するものとする」と定めた外、同法は地方公務員に対し同法第五八条の定める適用除外を除いて労働基準法の適用があるものと定めた(以上の地方公務員法の諸規定は昭和二六年二月一三日から施行された。)。

従つて地方公務員たる教育公務員にとつて労働基準法第三二条、第三七条に達しない労働条件はあり得ないこととなつた(この点について、教育公務員特例法第二三条第二項参照)。

なお、原告らは市立中学校の教諭であるから、労働基準法第八条第一二号、第九条により労働基準法にいう労働者に該当し、地方公務員法第五八条の定める例外を除いて労働基準法の適用があることは明白である。

なお東京都においては、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年六月三〇日法律第一六二号)第四二条に基づき、昭和三一年九月二九日条例第六八号をもつて、都下の市町村立小中学校の教員をも対象として「学校職員の給与に関する条例」が定められ、その第一七条において、教育職員に対して超過勤務手当を支給することが定められたが、同条例附則第三項により同条例第一七条の適用については、なお従前の例によるものとされた。

なお、東京都においては、右条例附則第三項にいう学校職員の時間外勤務手当に関する従前の例には、地方公務員法附則第六項により教育公務員特例法施行令第一一条が当るものと考えられているようであるが、この考え方に従えば、市町村立学校教員は国立学校の教員の例に準じて時間外勤務手当の支給を受けられることとなる。

このように労働基準法が使用者に対し原則として労働者に対し同法の定める労働時間の制限を超えて労働させることができないようにし、仮に右の労働時間を超えて労働者を働かせた場合同法第三七条によつて労働者に対し所定の時間外割増賃金を支払うべきものとしたことが、地方公務員たる教員について法令又は条例によつて具体化されて来たにもかかわらず、労働基準法施行後に制定された昭和二三年政令第二八号及び市町村立学校職員給与負担法は数次の改正を経ながら前記のように一貫して教員の時間外勤務手当について全く触れていない。

以上の立法経過を前提として被告の主張について順次判断を加えることとする。

三、そこで次に教員はそもそも時間外勤務手当請求権を有しないとの被告の主張につき検討することとする。

(一)  被告はその第一の理由として、教員の職務は本質的に勤務時間の拘束に親しみにくい性格のものであり、一律に勤務時間をもつて規制し難いことから、昭和二三年政令第二八号、市町村立学校職員給与負担法の制定にあたり、立法者は教員には時間外勤務手当請求権は存しないことを前提として立法したと主張する。

教員の職務内容が単に学校内における授業だけにとどまらず、時間外における生徒の個別的な学習指導、文化体育指導、PTA活動、更には校外における生徒の生活指導、家庭訪問、遠足、修学旅行、見学の際の付添等極めて多岐であり、加えてこれらの職務のうち授業時間外のもの、なかんづく校外で行われるものは一定の時間的拘束のもとでは必らずしも充分な効果を期待しえず、一律に勤務時間で規制し難い性質をもつものであることは社会一般で広く認識されているところである。

この点に関し<証拠>によれば教員の職務が右のように多岐にわたることから、実際に調布市立第三中学校の教員の間でも退庁時間後に校務の処理や生徒の指導にあたり、或いは逆に早朝から運動会の準備にあたる等のこともあつたが、その反面、生徒の夏季、春季、年末年始の各休暇の際には右期間中の学校行事や生徒の指導等のために出勤する場合を除いて大部分は自宅研修の名目で出勤していないが、この際果して勤務としての研修が行われたか否かにつき確認されたことはなく、又一、二の例外を除いて研修の結果が発表されたこともなかつたことのほか、格別の用務のないときは所定の退庁時間前に下校することもままみられたことがそれぞれ認められる。

このように教員の職務が単純な機械的作業或いは事務処理と異り、児童生徒の健全な育成という創造的なものであることから各教員がその職務を遂行するにあたり、常に所定の勤務時間に拘束されていたのではその活動に柔軟性を欠き本来の目的を充分に達成することが難しいことは前記のとおり明らかといわねばならない。

しかし、翻つて考えてみれば、右のような職務の性質並びに勤務の実態そのものは、教員が現実に勤務した時間を算出することが事務上容易でないことの説明にはなるものの、右の教員の勤務の実態がすでに教員が時間外勤務をすることがあることを示しており、この時間外勤務時間の算定が常に不可能であると称し得ないことは当然である。

また教員の年間を通じての実勤務時間数が、すべて結局時間外勤務をしなかつた時間数以下であると認めるに足りる証拠もない。

従つて、このような教員の勤務の実態は教員に時間外勤務を支給することが不適当であるという根拠にはならないし、まして被告の主張するように現行法上そのような解釈を導き出す手がかりにはならないというべきである。

(二)  ところで被告は、右のような勤務の実態に鑑み、東京都下で勤務する教員は労働基準法の制定以後においても時間外勤務の観念をもたず、ひいてはこれに対する特別の手当の支給も期待していないという慣行が長く続いたため前記立法並びにその後の改正に際し、立法者はこのような事情の存することを考慮に入れており、これは教員が時間外勤務手当請求権を有しないことの一根拠であると主張する。

たしかに<証拠>によると、同証人が東京都教員委員会人事部職員課長として在任した昭和三〇年一〇月から昭和三六年三月までの間において、教員の職員団体から同教育委員会に対し正式に時間外勤務手当の請求が行われたことはなく、わずかに教員との間で雑談としてそのような話が交された程度にすぎないことが認められる。しかしこの一事からして被告の主張するような事実をそのまま肯認することはできず、他にそのような事情の存在を窺わせるに足りる証拠はない。逆に前記証人<省略>の在勤した前後において東京都下に在勤する教員並びにそれ以外の教員から時間外勤務手当の支払を求める訴訟が東京その他の地方裁判所に提起されたことは公知の事実である。

従つて被告の右主張はにわかに容認し難い。

(三)  又、被告は教員に対しては時間外勤務手当を支給しないみかえりに調整号俸を付して一般行政職員よりも初任給で優遇しており、これも立法に際して教員に時間外勤務手当を支給のないことにした理由の一つであると主張する。そして<証拠>によればたしかに教員に対しては昭和二三年以来初任給を二号俸高くする優遇措置が講じられていることが認められる。しかし<証拠>を綜合すると教員の初任給はこの措置によつて昭和三五年四月当時で一般行政職員より一、八一〇円高くなつているが、その後の昇給の過程では逆に行政職員の昇給率が高いために教員の方では昇給期間を短縮することにより辛うじてこの優遇措置を維持しているものの、一時的には行政職の方が高い時期のあることが認められることからすると、実際には時間外勤務手当を支給しないことのみかえりとしての意味は非常に少いとも考えられる。

そしてこの優遇措置が右のように優遇の意味を充分には保つていないにもかかわらず、その後これが是正されておらず、且つ被告の主張するような優遇措置の趣旨が法令上明確にされていないことからすると、この調整号俸の点から現行法上教員に時間外勤務手当請求権は存しないとの結論を引き出すことは困難である。

(四)  それ迄認定してきた諸事実に立脚して考察すると、教員の職務が本質的に時間外勤務手当になじまない性質のものであるとは断定し難い上、これを実定法に照らして見ると労働基準法、教育公務員特例法、市町村立学校職員給与負担法の上ではこれを消極に解さねばならない条文上の根拠は存しないばかりかむしろ、昭和二二年法律第一六七号労働基準法等の施行に伴う政府職員に係る給与の応急措置法以来法は一貫して公立学校の教員には時間外勤務手当を支給する建前であつたことは前示のとおりである。

仮に右の応急措置法はしばらく論外として見ても、地方公務員法においては、同法第五八条により労働基準法第三二条、第三七条等が地方公務員たる教員に適用があることが明示されており、労働基準法中の特定の条項のみを地方公務員について適用することを排した右地方公務員法第五八条の規定の体裁によつて、立法者は地方公務員たる教員について労働基準法第三二条、第三七条等を適用する政策をとつたことは明らかであるというべきである。

更に実質的に考えても、教員が現実に時間外勤務した時間を事後明確に算出することは常に不可能であるとは考えられないこと、更には地方公務員法によれば同法の適用をうける職員は法律又は条例に特別の定めがある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用いることを義務づけられているが決して無定量の職務義務を負うものではないことからすれば、その反面において所定の勤務時間をこえて労働したときには、これに対し相当の対価を支給してこれに報いるのが当然であつて労働基準法は憲法第二七条第二項に由来し、労働基準法の定める労働条件は最低のものであることに徴すると、教員についても同法所定の時間外勤務手当を認めるのが相当といわねばならない。

四、次に被告は市町村立学校職員給与負担法第一条に列挙された給与項目はいわゆる例示的列挙であつて、この列挙項目と同性質ないしはこれに準ずるものはすべて包含され、従つて市町村立学校教員の時間外勤務手当も都道府県の負担とされるべきものと主張する。

(一)  しかしながら、教員についても時間外勤務手当を支給すべきものであることは先に判示したとおりであるところ、労働基準法施行以後制定された昭和二三年政令第二八号、市町村立学校職員給与負担法が数次にわたつて改正され、その都度都道府県の負担する項目が追加されながら市町村立学校教員の時間外勤務手当については現在に至つてもなおこの中に入れられていないことからすると、この列挙項目を例示的列挙と解することは到定できないところであり、この点については既に最高裁判所昭和三二年七月二三日判決の判示するところである。もつとも同判決は昭和二三年政令第二八号に関するものではあるが、市町村立学校職員給与負担法は右政令に代るものであつて、この政令と右の法律の解釈とを異別に考えるべき合理的根拠は存しない。

(二)  これに対し被告は市町村財政の薄弱及びその不均衡をその主張の根拠としてあげる。全国の多数の市町村においてそのような状況のみられることは世上屡々問題とされるところであり、これに対し国の財政授助が行われていることは公知の事実であつてあえて被告の主張をまつまでもない。しかし、それ故にこそ、前記のとおり数次の改正で本来学校設置者である市町村の負担すべき費用を都道府県に負担させることとしたのであつて、これにより被告主張のような事情にもとづく地方財政の困窮を是正しようとの配慮にでたものである。

又、市町村立学校職員給与負担法と都道府県の条例に列挙された給与項目とが一致しないことがあるけれども、これとて同法の列挙項目を例示的であると解さねばならない理由とは考えられない。

更に被告は教員の任命権が都道府県教育委員会にあることもあげているが、これとて給与項目のなかの一費目の支給者と任命権者が不離の関係になければならないとの根拠は存しないのであり、被告のこのような主張は学校教育法第五条の法意を失わせるもので理由がない。

五、以上のように市町村立学校職員給与負担法第一条に列挙された項目は限定的なものであるが、被告は予備的主張として教員の時間外勤務手当もこの中に包含されると主張する。しかし、このような解釈は明らかに同法第一条の文言に反するというべく、且つ、<証拠中の>内藤政府委員の発言の記載によれば、同法第一条の「時間外勤務手当(事務職員に係るものとする。)」との項目は明らかに事務職員のみを対象として追加されたことが認められることからすると被告の主張は採用できない。

結局教員には時間外勤務手当請求権は存しないとの主張並びに仮にあつたとしてもこれを支給すべきものは都道府県であるとの被告の主張はいずれも理由がない。

六、次に原告らの時間外勤務の有無について検討する。

(一)  原告らの一日の勤務時間が始業時より九時間(うち時間は休憩時間)であること、原告らの勤務する調布市立第三中学校の始業時間並びに終業時間が原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

(三)  そして、<証拠>によれば、原告らはその主張の日時(別表年月日の項記載のとおり)に同校で開かれた職員会議に出席し、このためその主張の時間(別表職員会議終了時間と題する項記載の時間)まで学校に居残つていたことが認められる。

ただ、このうち昭和三五年四月二〇日、五月四日、五月二五日、六月八日、六月二九日については当日の職員会議の終了時刻につき、学校日誌と職員会議録の記載に相違があるが、原告らはそのうち終了時刻の早い方をとつて勤務した最終時刻と主張しており、他に原告らが当日途中で職員会議を退席したとの証拠もないことからすると、少くともその時刻迄は居残つていたものと認めるのが相当である。従つて原告らがそれぞれ主張している日に別表の時間外勤務時間の項目に記載されている時間を職員会議出席のために学校に居残つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

なお、被告は職員会議録の記載は不正確であり措信しえないこと、又会議の途中で退席することもありうること等から、原告らがその主張の日時に職員会議に出席したことは疑わしいと主張する。たしかに学校日誌の記載と対照すると職員会議録の記載に誤記とみられる点がいくつか存するのであるが、この事実から右会議録の記載のすべてが不正確であると即断することはできないところ原告らが時間外勤務手当を請求している時間外勤務については出勤簿、職員会議録、学校日誌のうちの少くとも二つ以上から確認されるものであり、会議終了時刻の記載の異るものについては前記のとおり終了時刻の早い方をとつていることからすると、他に原告らの主張事実を覆えすに足りる証拠がない以上、被告の右主張もにわかに容認し難く、結局前記認定に至らざるをえない。

七、(一) ところで、被告は原告らがその主張のように職員会議に出席したとしても、それは自己の任意の意思にもとづき自発的に出席したもので校長の命令によるものではないと主張する。

そこで、次に職員会議の性質及び調布市立第三中学校におけるその実態について検討する。

<証拠>によると次の事実を認めることができる。

調布市立第三中学校においては、昭和三四年九月の開校以来、定期的に、又必要に応じ臨時に職員会議が開催されてきたが、この会議では学校長並びに教頭の出席の下に教員の中から選出された議長の司会により、(イ)学校運営に関する事項、例えば年間教育計画の樹立、学校予算配分の問題、(ロ)校長からの指示連絡、(ハ)教員相互間の報告連絡等について、討議検討或いは伝達が行われ、更に重要議題については必要に応じ出席者の決議が行われることもあつた。そして、この会議の経過は職員会議録として記録担当の教員により、記録されてきた。

又、この職員会議には校務のため支障があるものを除いてはすべての教員が出席しこれに参画していたが、会議の途中公私の所用で退席するものもままみうけられ、このような場合退席者は直接校長や教頭に或いは同僚教員に一応断つた上退席するのが普通であつたが、校長もこれにつき一々その理由を問い糺したり、退席を差止めたりしたことはなかつた。しかし実際には格別の理由もないのに会議に出席しない教員はなかつたし、同様中途退席するものも殆んどなかつた。

又、会議が開始される時間は大体において授業の終了したいわゆる放課後であつて通常午後三時三〇分ないし四時ごろから開始され、一方終了時刻は会議の内容によりまちまちであつたが、勤務時間の終了時刻である午後五時ないし五時半以降迄継続されることも少くなく、成可く午後七時迄には終了させようとの申し合せもあつたが、現実にはこれを過ぎることもあり、このため余り遅くなつたときは学校の費用で出席者に軽食が出されることになつていた。

同校の職員会議はこのような形で行われてきたが、かような会議は同校に限らず広く全国の小中学校で古くから開催されている。しかし、この職員会議については法律上の規定を全く欠いていることからその性質は必らずしも明確でないが、同校においではここで討議されたり決議されたことがそのまま当然に学校長を拘束し、学校運営の基幹となるわけのものではなかつたけれども、実際には校長が職員会議での結論に背反する措置をとつた例は少く、同会議での教員の意向は学校運営の上では常に尊重されてきた。

以上の事実が認められる。<証拠判断省略>

(二) 以上認定の事実関係からすると、調布市立第三中学校において行われている職員会議は終局的には校長の掌握の下に開かれており、その機能の点から見ると同校の運営ひいては生徒に対する教育を円滑かつ効果的に進めるために校務を掌理する学校長を補佐し、或いはこれに協力するためのもので現実には学校運営のための重要な機関としての作用を有しているものと見るのが相当であり、また学校長も職員会議の有するこのような機能を重視して教員に出席を促し、自らこれに出席して各教員の意見を聞き、これらの会議の結果を一助として学校の運営をはかつていたものと認められる。これらの点からすると、教員がこの職員会議に出席しなくては、自己の職務の遂行上支障を生ずるので、結局教員が職員会議に参画することは教員の職務の一部に属するものというべくその意味から同会議が法規にもとづいて設置されたものではなく、更には校長が会議の都度明示の命令をもつて各教員を出席させたのではなくても、少くともその出席は黙示の命令にもとづくものとみるのが相当である。とすれば先に認定した原告らが所定の勤務時間終了後職員会議のために居残つた時間は時間外勤務手当の対象となるものと結論せざるをえない。

(三)  ただ、東京都の学校職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例によれば教員に対する時間外勤務の命令権者は教育委員会であるところ、<証拠>によると、都教育委員会は昭和二四年の教員の勤務時間についての文部次官通達以来教員には時間外勤務をさせない建前をとり、各学校長に対しても教員には時間外勤務をさせないよう指導してきたことが認められることからすると、本件のように時間外にわたつて職員会議を行わせたのは校長の適法な権限にもとづかないものというほかない。しかしながら<証拠>によれば、都教育委員会は各学校長に対し一週四四時間の範囲で勤務時間を割り振ることを委せていることが窺われるほか、同委員会が同校や都下の小中学校において勤務時間後の職員会議が出席者の任意自発的意思にもとづくものであるか否かの確認をしたり、或いは勤務時間後に職員会議を続行しないように各教員に指示した形跡も認められないことからすると、原告ら教員が同校における校長の右措置の違法であることを明らかに認識できた筈であるとはいいきれない。とすれば校長の命令が右の意味で違法であつても各教員はこれに服従せざるをえない立場にあるから、現実に職員会議に出席して時間外勤務をした以上、当該教員は右命令の適法不適法にかかわらず時間外勤務手当請求権を取得するものといわねばならない。

八、(一) 被告は仮に原告らが職員会議に出席したことにより時間外勤務をしたと認められても、本件時間外勤務手当の請求は信義誠実の原則に反し且つ権利の濫用であると主張する。

(1)  その理由として、被告は教員の勤務が一律に勤務時間をもつて規制し難いことから、勤務時間を超えて勤務することのある反面、勤務時間終了前早目に帰宅することもあると主張する。

しかして、これらの点については既に判断したとおりであつて被告の右の主張どおりの事実が認められるところ、このように勤務が一律に時間をもつて規制し難いとの事実は当然には時間外勤務手当請求権の存否を定める決定的事由とはなりえないことは既に説明した。

教員が一日について八時間を超える時間外勤務をしても、所定の割増賃金の支払を受けないことは、結局のところ労働基準法違反の事態なのであるから同法第一条、第一〇四条、第一一九条の趣旨からみて、原告らがその是正を求めるため時間外勤務手当を請求することは、たとえこれまでの教員の下校が所定の勤務時間終了時刻より早い場合もあるとか、夏季その他の長期休暇の際に必しも自宅研修が行われていないとかの事実があつても、原告らの右の権利行使が社会的に不相当であつて権利の与えられた目的を逸脱し濫用であるということはできない。蓋し被告の挙げた教員の右の如き勤務の実態が生じたのは、労基法施行後教員が屡々勤務時間を超えて勤務しながら時間外勤務手当を支給されていない事態が長く続いていたという現実が一因をなしていることは推認するに難くなく、また教育委員会がこのような状態をこれまで放置して来たのも同様の理由に基づくものと考えられるからであり、また教員にも労基法第三二条第三七条の適用がある以上、その時間外勤務には所定の手当を支給した上勤務の励行について改善すべき余地があれば、それを行うのが本則であつて、右手当を支給することなく、この不支給を一因として生じた教員の前記の如き勤務の状況を捉えて時間外勤務手当の請求は信義誠実の原則に反し権利の濫用であるとすることはできないからである。

(2)  教員に対する調整号俸の支給が必ずしも時間外勤務手当を支給しないことのみかえりとしての意味を充分もつていないことは先に説明したとおりである。

(3)  従来より教員は労働基準法上の時間外勤務手当の支給を期待していないと被告は主張するが、たしかにこれ迄表立つて教員の方から時間外勤務手当の支給を求めた事実を窺うに足りる証拠はないけれど、さりとてこの点の他に被告の主張するところを積極的に肯認するに足りる証拠もなく、却つて前記のように本訴の提起前に本件と同様の訴訟が二、三の裁判所へ提起された事実があることからすると、被告の主張はにわかに首肯し難いところである。しかし、仮にそのような慣行があつたとしても、これが労働基準法第三七条の趣旨に反することはこれ迄の説明から明らかである以上このような慣行は公の秩序に反するものとして法律上の効果をもたせることはできないところである。

(4)  調布市立第三中学校における職員会議の状況については先に認定したとおりである。そしてそこでも認定したように同校の職員会議は教員の中から選出された議長の司会により行われたが、議事の進行については議長の主宰するところである以上、当該議長が会議の終了時刻につき議事の内容の外に出席している教員らの諸般の都合も考慮したであろうことは推認するに難くなく、又会議の内容を同校の職員会議録により検討すると時間外にわたつて会議を続行した場合における議題のすべてが緊急のものばかりであつたとすることについては問題がないわけではない。

しかし前認定のとおり職員会議は学校長の諮間機関ないし、補佐機関たる機能を有するものであるから、校長又はその代理である教頭らが同会議に出席して会議の続行を容認している以上、学校長らは右会議の時間外までの続行は、その時の状況に応じ学校運営のために必要であると判断して行つたと認めるのが筋合であり、従つて、時間外勤務となつた職員会議は詮ずるところ学校長の命令に基づくものと認めるのが相当であつて、これらの会議の時間外までの続行が出席した教員の都合のみに基づくものであつたとか、校長の命令を無視して続行されたものと認めることのできる証拠はない。

(5)  最後に、原告ら及び原告らによつて結成されている職員団体からそのような要求が正式に出されたことのないことは被告主張のとおりで先に認定したところであるが、原告らが時間外勤務をした際にそれに対する特別手当の支給を期待せず、或いはそのような認識がなかつたと仮定しても、その最大の理由は労働基準法制定後現在に至る迄被告その他の支払義務者において時間外勤務手当を全く支給しようとせず、その予算措置も講じていない事実状態に由来するものであろう。しからばこの事実も被告の主張を裏付ける絶対の理由にはなりえない。

(二) 以上被告の主張するところに従つて検討を加えた結果被告の主張する事実のうちの一部については認められなくもないが、それらの事実のみからは原告らの請求が権利の濫用ないしは信義誠実の原則に違反するものとは到底いえないところである。

九、(一) そこで原告らに支給すべき時間外勤務手当の額を計算することとする。

原告らが時間外勤務をした時間については先に認定したように原告らの主張するとおりであるところ、時間外勤務手当額算出の計算方式が東京都職員超過勤務手当、休日給及び夜勤手当支給規程(昭和二四年三月東京都訓令甲第五二号)によるべきものであることは当事者間に争いがない。しかして、この計算方式に則り原告らの時間外勤務手当額を算出すると、別紙債権第二目録の時間外勤務手当額の欄記載の額となるので原告松井の金額が四六三〇円となる他はすべて各原告の請求どおりである(なお原告三好については昭和三五年九月の時間外勤務時間が四時間と計算される結果、その金額の合計は二八七二円となるが、請求額は二七七三円に止まるので、この限度で認めることとする。)。

(二) 次に原告らは右時間外勤務手当と同額の附加金及び右両者に対する訴状送達の翌日からの遅延損害金の支払を求めているのでこの点を検討する。

(1)  原告らが時間外勤務手当の支給を受け得る根拠は、直接には前記昭和三一年九月二九日東京都条例第六八号「学校職員の給与に関する条例」附則第三項にいう「従前の例」すなわち教育公務員特例法施行令第一一条、一般職の給与に関する法律第一六条であつて、同条項は労働基準法第三七条よりは労働者にとつて有利な内容となつている。

しかし本件では、原告らは労働基準法第三七条の定める限度でさえ時間外勤務手当の支給を受けなかつたとして、同法の限度で右手当の請求をしているのである。

他方地方公務員法第五八条は地方公務員に対し労働基準法第一一四条の適用があることを明示しているので、原告らは同法第三七条違反があつたものとして同法第一一四条の附加金の請求が許されるものと考えられる。

(2) 次に当裁判所は附加金は裁判所がその支払を命ずることによつて始めて発生すると解する説に賛成することはできない(最高裁判所判決、昭和三五年三月一一日、集第一四巻三号四〇三頁は右の説を採用したかの如き観を呈するが、同判決は具体的には、予告手当の支払を完了し、使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は、附加金請求の申立をすることができないと判示するにとどまるのであるから、右の判示を超えて、同判決により最高裁判所が前記の如き説をとることが確定したとすることは、同判決を抽象化し過ぎるものと考える。)

前記の如き説の根拠は、労働基準法第一一四条の規定の体裁にあるものと解されるが、裁判所の判決によつて、私人の債権が発生すると解することは例外中の例外であつて、かかる解釈が最も妥当な解決策である場合ならば格別、かかる解釈を採用することは躊躇せざるを得ない。

かかる解釈を採用すると、労働者が附加金請求の訴を提起しても、その口頭弁論終結時までにその基本の債務(以下、割増賃金等という。)が弁済されると、裁判所は附加金の支払を命ずることができない結果に導くこととなるが、かかる結果は妥当とは考えられない。従つて、かかる解釈は合理的とは称し得ない。

(3) 労働基準法第一一四条が「裁判所は……労働者の請求により……附加金の支払を命ずることができる。」としたのは、労働者が附加金の請求権を有しているから、裁判所が給付命令をすることができる当然の事理を明らかにしただけで特別の意味を有しないものと解すべきである。

労働基準法中の労働条件に関する規律は結局個々の労働契約の内容となり、これに基づき労働者は右契約に基づく請求権を有することとなるが、同法第一一四条に定める附加金の制度も右の労働条件の規律の一つである。

従つて、労働者は労働契約から生ずる請求権として附加金の請求権を有するものというべきである。

(4) 同法第一一四条の立法趣旨は、割増賃金等の不払があつて、労働者がその支払を求めるため訴訟を提起せざるを得ない場合に到つた場合、使用者に対してこれと同額の民事罰を課することによつて、使用者にこれらの支払債務を訴訟提起前に履行させ、併せてこれらの支払の遅滞を受けた労働者の保護をも図ることにあるとするのが最も合理的と解せられる。

なお、割増賃金等の債務の不履行に対して附加金の制裁があるからといつて、一般の理論(民法四一六条四一九条等)から生ずる遅滞利息が発生しないと解すべき根拠は見当らない。

従つて、労働基準法は割増賃金等の不払については労働者は一般の理論に従つて遅延賠償を請求できる外それとは無関係に違約罰に当る附加金の支払を請求できることとしたと解するのが相当である。

(5)  労働基準法第一一四条によれば、附加金の額は「これらの規定(三七条等)により使用者が支払わなければならない金額についての未払金」と同額とされている。

割増賃金支払債務とその履行遅滞による損害賠償債務とは別個の債務であるから、附加金は前者の債務額と同一と解される。

(6)  附加金債務は期限の定めのない債務である。かかる債務にあつては、債務者は履行の請求を受けたときから遅滞の責に任ずると解するのが一般ではあるが、附加金の場合は前述の立法趣旨から訴訟提起による請求の時(具体的には訴状送達の翌日)から遅滞におちいると解するのが相当である。

(7)  以上のとおりであつて、被告に対する本件訴状送達の翌日は昭和三六年一一月七日であることは記録上明らかである。従つて被告が原告らに支払うべき金額は別紙債権第二目録記載のとおりとなるから、原告松井を除くその余の原告らの請求は正当としてこれを認容することとし、原告松井については右目録の同人の欄記載額の限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、仮執行の宣言は適当でないからこれを付さないこととした上、民事訴訟法第八九条、第九二条を各適用して主文のとおり判決する。(大塚正夫 宮本増 大前和俊)

債権第一目録<省略>

債権第二目録<省略>

時間外勤務手当明細表<省略>

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